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よく京都に帰ってるもんでして

最近、京都に帰って、街中をぷらぷら散歩する日々がカムバックしてきてる。

こういうときって、自分の内面が何かを求めてるときなんじゃないかなーって気がしてるんですよね。

たとえば、新しいことを始めたいとか、原点に立ち返りたいとか、現状の人生の向き合い方やあり方に不満がある、とか。

ちかごろの京都に帰るようになった動機は、どっちかというと「自分自身の素の部分の世界」と「仕事のロールで求められている自分」の亀裂が原因でした。

いやまあ俺も、食う寝るところに住む人間(?)なんで、そりゃ自分のフトコロのことが大切なんですよ。そして、俺はエンジニアリングが人を豊かにするって、アホらしく信じてはずっこけて、裏切られて、なんだかんだ立ち上がってまたやってる変なヤツなんですね。なので、エンジニアとして飯食ってるんです。

ただ、エンジニアをやってるはずなのに、そこから切り離された「組織としてのロールの俺」を求める目線をずっと向けられている気がしてる。んで、それに俺は応えようとしちゃってる。いや、割と最近まで応えてきてました。

…これが結局、自分を苦しめちゃうんですけどネ。

そのストレスや重さは結構デカくて、レールから外れると見捨てられるかもしれん、自我を抑えなあかん、帰っても仕事とこれからのこと考えちゃう…みたいな。そんなこんなで、土日になっても、気分転換ごっこをやっても仕事モードのスイッチが切れない、アホな状態になっちゃったわけです。

でも、そんなんやと休めるわけもないし、せっかく自分の人生や世界と向き合えるようにしたいと思って選んだ場所に住んでも、休まった気がしない。…なんのために俺こんな人生歩んどんのやろ、って思っちゃったんですね。

でも、会社である転機があって、その考えが吹き飛びました。いや、吹っ切れたと言っていいですね。オフィスにいる間は、ぼちぼち仕事してますけれども。まあこの吹っ切れようの正体は数年後に話せばええか。

んとまあ、そんな日々を過ごしている中で、京都に何度も何度も帰ってたんですよ。相当溜まってたんでしょうねぇ。このサイトもその副産物ですわ。本当はもうちょいちゃんと作るつもりで何年も前から構想してたんですけど。

けど、この記事を書いた時点におけるマジで空っぽの状態から「やっちゃえやっちゃえ!!!!」ってマインドに転換してそのまま世に解き放つことにしたのも、結局「組織における自分」「キャリアを歩む自分」のもたらす苦しみから自分を解放したかったからなんですね。

そんなこんなで、京都でgenbuchan.comがよーーーーーうやく産声を上げまして、この記事も三条大橋のふもとで、弾き語りのおじさんの演奏を聴きながら書いているわけです。

…実は俺、マインドとしてはああいうおじさんたちの生き方に憧れてる部分があります。いやまあ彼らも彼らで何か背負って生きているんでしょうけど、何かしらの形で、彼らにとっては音楽を通して「自分に向き合う」という時間をちゃんと作って生きている。

本当に、かっこいいと思います。

…んとまあ、そんなこんなで京都からお送りしました。俺は好きにやらせてもらいますよー。